国立小鹿島病院では、体系的で専門的な奉仕活動を支援し、ボランティアの質的向上を図るために、ボランティアをしようとする人々にハンセン病に対する教育と共にボランティアに対する理論及び実習教育を実施しております。院生らに多様な奉仕サービスが提供されていることができるように、ボランティア体験教育をはじめとして、明け方
奉仕(朝食奉仕)、週末環境奉仕、旧盆(正月)奉仕、看病奉仕など多様な奉仕活動プログラムを開発して施行しており、各大学社会福祉課学生達を対象に現場実習を実施しております。
岡山県瀬戸内市邑久町にある国立ハンセン病療養所長島愛生園・邑久光明園でボランティア活動をしています。本ブログでは,当会の活動のほか,ハンセン病問題に関する最新の情報も随時掲載しています。
SOROKDO National Hospitalまた、宿舎及び生活施設を揃えたボランティア会館を建設して、ボランティアメンバーらが快適な環境の中で生活できるように支援しており、長期ボランティアメンバーたちのためには、食費及び各種生活必需品の支給を拡大する等のこれらの生活与件改善にも着実に努力しております。
これだけでなく、分期別に懇談会を実施して、ボランティアメンバーらが奉仕活動過程や日常生活で感じる障害な事を共に悩んでおり、誠実な奉仕者を選抜して褒賞する等、見えない所から黙黙と愛で奉仕する彼らを慰労し、激励するための努力にも最善を尽くしております。
台湾の楽生院にハンセン病資料館を設立するため,台湾政府からの依頼で,日本のハンセン病療養所を取材するため,台湾の取材スタッフが沖縄の愛楽園を訪れました。
沖縄タイムス2010.4.6
沖縄タイムス | 台湾から愛楽園取材 ハンセン病 各国の政策問う 苦悩の体験「伝える」
【名護】世界各国のハンセン病政策と現状を記録保存するドキュメンタリーを制作するため、台湾の取材スタッフが5日、名護市済井出の沖縄愛楽園を訪れ、園の歴史や現状を取材した。映像は資料館で記録保存され、ハンセン病問題の啓発活動に活用されるという。
来沖したのは国立台湾師範大学台湾史研究所の范燕秋所長ら4人。台湾の公立ハンセン病療養所「楽生院」の旧事務本館に資料館を設立するにあたり、台湾政府からハンセン病のドキュメンタリー制作を依頼された。
取材班は、同園退所者の平良仁雄さん(71)のガイドで園内を視察。平良さんは自身の体験を交えながら当時のハンセン病政策を説明した。
平良さんは「国が病気は二度と直らない恐怖のイメージを植え付け、らい予防法で隔離したことで、患者が家に帰れなくなった原因の一つとなった。わたしは国を絶対に許すことはできない」と訴えた。
范燕秋所長は「国の政策の被害者が自身の体験を語ることは、社会に対し偏見や差別をなくすために非常に重要なこと。そのことを台湾の人々に伝えたい」と話した。また、沖縄と台湾でハンセン病の在宅治療に尽力した元園長の故犀川一夫氏の功績をたどることも来沖の目的の一つに挙げている。
取材班は、日本各地や世界の療養所を回るという。8日まで沖縄に滞在し、宮古南静園も視察する予定。
ハワイのモロカイ島のカラウパパ半島に、ハンセン病を発病してカラウパパに強制隔離された約8000人を慰霊するための記念碑が、建立されることがきまった。
ハンセン病元患者、その家族、支援者などで構成するNPO法人オハナの会(Ka Ohana o Kalaupapa)http://www.kalaupapaohana.org/
は、碑を作るための立法を求めていたが、3月30日、オバマ大統領が署名したThe Omnibus Public Land Management Act of 2009(2009年包括的公有地管理法)には、国立公園となっている隔絶の地であるモロカイ半島に記念碑を建立することを許可するKalaupapa Memorial Act of 2009 (2009年カラウパパメモリアル法)が含まれていた。
以下は、2009年3月31日付けのStar Bulletin.comの記事(By Mary Adamski)からの要約です。
http://www.starbulletin.com/news/20090331
New_federal_law_creates_monument_at_Kalaupapa.html
カラウパパに強制隔離された8000人のほとんどは、無標の墓に埋葬されている。しかし、バラク・オバマ大統領によって昨日署名された2009年包括的公有地管理法 は、彼らが、公に記憶されることを許可することになる。元患者、その家族、支援者からなる団体は、米国が1969年に隔離政策をやめるまで103年余り隔離されてきた人々のために記念碑を建立する立法を強く求めてきた。
NPO法人オハナの会事務局長Valerie Monsonは、この碑は、オハナの会が結成されたときからの優先課題の一つであった。これは、カラウパパに送られた全ての人が受けた大きな犠牲と、社会や家族への彼らの貢献を認めるためである、と述べている。
オハナの会に所属する研究者 Anwei Skinsnes Law とBernard Lawは、国のアーカイブを検索し、1866年と1896年の間にカラウパパに送られた5000名を記録した。
同会の事務局長Monsonは、死者を特定できる墓石がある1300の墓は、主に1930年以降に亡くなった人たちであると述べている。
国立公園局は、1980年以降、国立歴史公園としてカラウパパ半島を管理してきた。米国保健局は、カラウパパにある小さな病院へ職員を派遣し、高齢の患者のために介護を提供し、居住地の運営機能を分担している。
オバマ大統領は、2009年包括的公有地管理法への署名をする際の証人として、下院議員Mazie Hironoと上院議員Daniel Akakaを招待した。
Hironoは下院にカラウパパメモリアル法を提出し、Akakaも上院へ同僚法案を提出した。
重家大使は同地の自治会住民とも会い日本政府の意向を伝えた後、ハンセン病で死亡した人々が眠る納骨堂を参拝した。
日本政府は2006年に改正されたハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律(ハンセン病補償法)に基づき、日本植民地時代に小鹿島病院に収容され強制労働や断種などの被害を受けたハンセン病患者からの被害受け付けを始めた。1人当たりの補償額は800万円。
小鹿島自治会関係者は「長きにわたり心にしこりを持つハンセン病患者の恨みが消えることを期待する」と述べ、残りの22人に対しても早期に補償が行われることを希望した。
台湾行政院(内閣)は、12日、台湾のハンセン病回復者に、公式に謝罪を行いました。
台湾では、わが国での、東京地裁での台湾楽生院訴訟の勝利の直後に、台湾国内のハンセン病回復者へ補償に向けた取り組みがなされていましたが、昨年8月に「ハンセン病患者人権保障及び補償条例」が施行され、元患者に慰謝料が支払われた。
謝罪の必要性も条例に明記され、劉兆玄行政院長(首相)は、2月12日の閣議で、「長期にわたり積極的な政策に欠け、社会の偏見と差別を取り除くことができなかった。多大な精神的な苦痛と社会生活に重大な障害を与えた」と述べ、国内のハンセン病回復者に、公式に謝罪しました。
毎日新聞