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韓国の小鹿島(ソロクト)に連陸橋が臨時開通

韓国の小鹿島(ソロクト)に小鹿大橋が開通した記事が、9月26日の韓国の京郷新聞に掲載されています。おおむね、以下のような内容のようです。
また、ソロクトを訪れたくなりました。
 
連陸橋が臨時開通した小鹿島(ソロクド)の秋夕(旧盆)“悲しい島が笑いを見いだした”
 
 
小鹿大橋臨時開通最後の日の26日午後7時40分全南(チョンナム),高興郡(コフングン),小鹿島(ソロクド)第2案内所の前. 少し曲がっている腰に身体の動作がぎこちない趙ハラボジ(74)が二人の息子家族から別れのあいさつを受けていた。 長男(45)夫婦と大学生2学年の孫,下の息子(42)等4人は、ハラボジの手をかわるがわるさわりながら,足を踏み出すことができなかった。  
 
“正月にまたきますね。” 
 
ハラボジの顔に笑いが広がった。 ハラボジは200m余り離れた小鹿大橋に抜け出る息子の乗用車に向かって手を振った。 ハラボジは、30代初めにハンセン病にかかって、小鹿島(ソロクド)にきて40年が過ぎた。 
 
小鹿大橋が開通し‘疎外の代名詞’として通じていた小鹿島(ソロクド)に笑いがあふれ出ている。 この間、小鹿島(ソロクド)住民たちの陸地への外出は船便しかなかった。 それも午後6時30分になれば終わりだった。 しかし小鹿島(ソロクド)と道陽邑(トヤンウプ)をつなぐ1160m連陸橋が正式開通する来年6月からは昼夜なしで行き来することができるようになる。 
 
秋夕(旧盆)を控えて、去る22日から5日間小鹿大橋が臨時開通した。 だからだろうか、今回の秋夕(旧盆)時は、陸地の人々が一度に集まった。 外出客らも混ざったが、今年は血縁を訪ねてきた家族らがぐんぐん増えた。  
 
道陽邑(トヤンウプ)事務所パク・ジョンミ氏(42)は“橋(脚)連結は、一生を一人で過ごされる方々に大きい慰労になるだろう”と期待した。  
 
臨時開通最後の時間の午後8時には、6つの村から一緒に出てきた家族らが、橋(脚)入口で別れの挨拶を交わし大変な混雑となった。 
 
小鹿島(ソロクド)自治会長キム・ジョンヘン氏(68)は“、この間、陸地と5分の距離の小鹿島(ソロクド)が外側の人々には千里もあるように受けとられてきたのが事実”としながら、“橋(脚)がかかり、‘放置した血縁’を探してみようとする心がよみがえったのではないかと思う”と話した。  
 
小鹿島(ソロクド)中央教会イ・チョンジュ氏(70)も、“最近、陸から家族らの安否を尋ねる電話が突然増えた”として、“小鹿島(ソロクド)住民たちがいまや人として接待を受けるようで気分が良い”と話した。  
 
観光客らは、小鹿島(ソロクド)の秀麗な風景に感嘆の声を上げた。 小鹿島(ソロクド)は島全体が緑色公園で作られた。 島の名前を象徴するように、鹿400頭余りが森の中を戯れている。 またきれいな砂浜の海水浴場があちこちに位置している。 このために外部の人らの訪問が多くなり、環境が破壊され、大小の犯罪発生を憂慮する声も出てくる。 
 
小鹿島(ソロクド)の里長キム・ヨングァン氏(70)は、“100年近く断絶した状況で生きてきた患者らの生活パターンがこわれるかも知れない”、“特に鹿を狙う密猟者が集まらないだろうか心配”と話した。 
 
小鹿島(ソロクド)は面積4.42平方km、海岸線の長さ14kmの小さい島だ。 1910年外国宣教師たちがここにハンセン病患者を受け入れ、以後日帝が‘小鹿島(ソロクド)慈恵病院’を開院した。 慈恵病院は82年国立小鹿島(ソロクド)病院に変わった。 現在ソロクドには、ハンセン病回復者644人と医療スタッフなど、900人余りがいる。  
<小鹿島(ソロクド)|ペ・ミョンジェ記者>
 
 
上記記事中、1910年外国宣教師がここにハンセン病患者を受け入れ、その後、日帝が小鹿島慈恵病院を開院したというのは誤りで、小鹿島には、当初から、朝鮮総督府が、小鹿島慈恵病院を開院した。

 

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