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ハンセンボランティア「ゆいの会」

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第11回邑久光明園人権啓発展示会

第11回邑久光明園 人権啓発展示会ーハンセン病問題を正しく理解しようーが、開催されます。
ぜひ、お立ち寄りください。



期間 平成28年1月22日(金)~1月27日(水)
時間 午前9時~午後5時
場所 道の駅 黒井山グリーンパークゆうゆう交流館(瀬戸内市邑久町虫明5165-96番地)
【交通アクセス】
■自動車
岡山ブルーライン 虫明ICと備前ICの中間
■電車:JR赤穂線
JR邑久駅下車 タクシー約20分
JR日生駅下車 タクシー約20分

主催 公益財団法人 邑久光明園友愛会
共催 国立療養邑久光明園
   邑久光明園入所者自治会
   ハンセンボランティア「ゆいの会」
   外島保養院の歴史をのこす会

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台湾楽生療養院訪問

11月28日(土)、岡山弁護士会の弁護士23名で台湾の新竹律師公会を訪問した機会に、有志10名で、楽生療養院を訪問。楽生院訴訟の原告であった何人かの方々のお部屋を訪問し、楽生院があった旧居住地区も訪れました。

現在も、かつて台湾楽生院が存在した旧居住地区の斜面を削って、地下鉄の操車場等の建設がされています。工事は、2017年には完了する予定だそうですが、この工事によって、新しい病院が建設されている地区と旧居住地区は分断され、楽生橋と呼ばれる橋で行き来きをしなければならなくなっています。

この工事のため、新病院や旧居住地区の地盤に亀裂が入り、建物にもひび割れ等の被害が発生し、旧居住地区の建物は倒壊の危険があるため、その後仮補強工事が行われましたが、建物などのひび割れは広がっているため、危険な工事に反対する楽生院保留自救会やそれを支援する学生が計画の変更などを訴えた結果、オープンカットした部分は操車場等の建設工事終了後に、4m程度の土で埋め戻すことに、計画は変更されたそうです。

しかし、この程度の埋め戻しにより、地盤の滑りが本当に止まるのか、地盤や建物への影響がなくなるのかについては疑問視されており、現在も大学の先生が地盤調査などを行っていました。

現在、旧居住地区側に約20名、新病院側の組合屋に約10名が暮らしており、さらに新病院内に100名余の方が暮らしているそうです。

数年前から、個人的に生活の介助などのためにヘルパーさんを頼んだ場合に、ヘルパーさんに支払う費用の半分については公的補助がでるようになったようです。

当日、旧知の真武さんや宗田さんに通訳・歴史的建造物等の案内を引き受けていただき、また、訪問団のために、急遽、楽生院保留運動を支援している学生の方々が、楽生院保留運動の現状や残されている課題等について解説してくれました。

楽生院訴訟弁護団員である私と井上弁護士の他の8名の弁護士は、はじめて楽生院を訪れましたが、皆様のおかげで有意義な時間を過ごすことができました。再来年の新竹訪問の際にも、ぜひ時間をとって、ゆっくり訪れたいと考えています。




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第25回ハンセン病療養所の将来構想をすすめる会・岡山


平成27年10月27日(火)、長島愛生園愛生会館で、第25回ハンセン病療養所の将来構想をすすめる会・岡山の会議が開催されました。

すすめる会・岡山は、瀬戸内2園の将来構想を策定・公表した後も、その後の進捗状況を、相互に確認することを目的として、継続的活動しています。同会は、岡山県、瀬戸内市、瀬戸内市議会、労働組合、弁護団、市民団体等で構成されています。
全国のハンセン病療養所所在地でも、将来構想策定後も継続的に活動しているケースは稀な存在だと思います。

第25回となる今回の会議では、邑久光明園内に建設されている特別養護老人ホームが、来年2月には開設される見通しであることが報告されました。

また、瀬戸内3園が行っている世界遺産登録運動についても活発な議論が行われ、改めて、すすめる会の事務局レベルで、今後の方向性について協議することになりました。







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ハンセン病「特別法廷」の問題を考える講演会


岡山弁護士会は、人権擁護委員会・ハンセン病被害者サポートセンター講演会を、下記のとおり開催します。

日時:平成27年11月8日(日)午後2時~4時(開場/1時30分)
場所:岡山弁護士会館
講師:德田靖之弁護士(ハンセン病国賠訴訟西日本弁護団長、菊池事件再審弁護団代表)
演題:「ハンセン病の「特別法廷」の問題を考える~最高裁の“検証”をチェックする。」
参加:一般市民の方々も参加できます。事前予約不要・無料。


最高裁は、平成26年5月に「ハンセン病を理由とする開廷場所指定に関する調査委員会」を設置し、同委員会において、いわゆるハンセン病「特別法廷」の設置について、その正当性の検証を始めました。この特別法廷の問題は、司法の責任やその在り方がまさに問われている重要な問題であり、前記調査委員会の動向が注目されています。




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ハンセンボランティア「ゆいの会」ニュース32号

ハンセンボランティア「ゆいの会」第32号を発刊しました。

「十坪住宅」保存運動からスタート!と題して、世界遺産登録に向けた運動特集号第2弾です。

広島県福山市の景勝地・鞆の浦調査や、愛生園の十坪住宅の現地調査の様子などを掲載しています。鞆の浦調査の記事は、毎日新聞岡山支局記者で,当会の13期生の久木田照子さんです。

鞆の浦については、伊藤孝著『日本の近代化遺産』(岩波新書)の、「V 市民運動が守る産業土木遺産ー危機に瀕する江戸の港湾施設」という箇所で触れられています。
この鞆の浦の市民運動にかかわっておられる人々と実際にお会いして、お話を聞かせていただいたことは、とても有益でした。


ハンセンボランティア「ゆいの会」ニュース第32号

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RSKイブニングニュース「鶴見俊輔とハンセン病」


2015年10月12日(月)18時15日からのRSK山陽放送イブニングニュースの特集で「象の消えた動物園~鶴見俊輔とハンセン病」を放送します。放映時間は約10分の予定です。

「象の消えた動物園」は,編集工房ノアという出版社から刊行された鶴見俊輔氏の著作の題名です。この中で,長島愛生園の入所者であった故島田等氏のことやハンセン病回復者のホームを奈良に作る学生の運動にまつわる話が掲載されています。このハンセン病回復者のホーム「むすびの家」建設については,鶴見氏が書かれた「思い出袋」(岩波新書)でも取り上げられています。

テレビ番組表
http://www.rsk.co.jp/tv/program/program_2.html

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ハンセン病療養所の世界遺産登録を考える公開勉強会

2015年10月24日(土),第2回ハンセン病療養所の世界遺産登録を考える公開討論会が,下記のとおり開催されます。

日時  10月24日(土)13時30分
場所  岡山コンベンションホール 1階イベントホール  http://www.mamakari.net/
参加費 無料
定員  200名

主催  長島愛生園入所者自治会,邑久光明園入所者自治会,大島青松園入所者自治会

当会も後援しています。

13:30 開会挨拶 大島青松園入所者自治会長 森和男
      挨拶   瀬戸内市長 武久顕也
13:50 基調報告 田村朋久(歴史館学芸員)
14:20 休憩
14:30 パネルディスカッション
      ハンセン病学習のチカラ~学校教育における効果と意義

16:00 閉会挨拶    邑久光明園入所者自治会長 屋猛司
16:10 閉会

パネルディスカッションの具体的内容については承知していませんが,ぜひとも世界遺産登録運動を進める上で,実践的で実りある討論会となることを期待したい。

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長島愛生園に残る十坪住宅の修復保存運動

ハンセンボランティア「ゆいの会」は,国立ハンセン病療養所長島愛生園に残る「十坪(とつぼ)住宅」の修復保存運動を始めています。

その一環として、8月7日から,建築士に「十坪住宅」の調査を依頼しました。9月4日に2回目を実施しました。現在,愛生園に残る5棟のうち3棟(路太利・母の家・第二兵庫)は修理・復元することが可能とのことです。

現在,調査の中心として尽力していただいているのは,建築家・島村鐵二氏(岡山理科大学専門学校),建築家・片岡八重子氏((株)ココロエ一級建築士事務所代表)です。

第3回の調査は,10月29日(木)に実施し,11月の後半には,片岡さんが師事された大月敏雄教授(東京大学大学院工学系研究科建築学専攻)にも参加していただく予定です。

調査が完了すれば報告書を作成していただき,ゆいの会主催で,ハンセン病療養所に残る歴史的建物保存に向けた運動を盛り上げるため,市民向けの集会を開催したいと考えています。










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ハンセン病非入所者遺族訴訟控訴


9月9日,鳥取地裁で,原告の請求を棄却した,ハンセン病・非入所者遺族訴訟判決につき,原告弁護団は,本日付けで,広島高裁松江支部宛の控訴状を鳥取地裁に郵送しました。

1人で立ち上がって5年に及ぶ孤独な闘いをしてきた
原告の請求が,裁判所の杜撰で不合理な事実認定により認められなかったことは,極めて残念ですが,ここで立ち止まることはできない。仕切り直しのつもりで引き続き頑張りたい。



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「十坪住宅」の修復保存運動を始動


ハンセンボランティア「ゆいの会」では、長島愛生園に残る「十坪住宅」の修復保存運動を今年の秋頃を目途に始動する計画を立てています。

本日の山陽新聞朝刊に、「十坪住宅」を修復保存運動に向けての「ゆいの会」の考え方などが紹介されています。
また本日の毎日新聞にも、紹介されています。ぜひ、ご覧下さい。

ここでも少しだけ「十坪(とつぼ)住宅」について紹介します。

「十坪住宅」は、後に長島愛生園初代園長となる光田健輔医師(1876年1月12日ー1964年5月14日)が、 1923(大正12)年に第3回国際らい学会に出席した際、フィリピン・クリオン島のクリオン療養所(1906年開設、その後の隔離法廃止を経て、現在は クリオン区となり、回復者や医療関係者やその子孫ら、約2万人が暮らしている)に立ち寄り、島の斜面に建てられていたニッパ葺きの小屋を見て、ヒントを得 たと言われています。

わが国初の国立ハンセン病療養所である長島愛生園は、1931(昭和6)年から患者の収容を開始し、国の「無癩県運動」に呼応する形で、設立当初から、定員を超えハンセン病患者の収容を推進しましたが、それを可能にしたのが「十坪住宅建設運動」でした。
個人や民間の団体から寄付を募り、患者作業で建設し、建設後は国に寄付するという形で進められました。1932(昭和7)年に、第1号の「十坪住宅」が長島に建設され、その後、149棟が、主に島の斜面に建設されました。

当時,長島愛生園慰安会(代表光田健輔)が作った小冊子「十坪住宅」では,この寄付を愛国献金と謳い,十坪住宅建設運動は患者の強制隔離のための世論喚起のために利用されました。

そして、定員を遙かに超えて患者が全国から収容されましたが、国から支給される予算は定員分しかなく、「十坪住宅」の建設は、入所者の生活や医療等の急激な悪化を招きました。しかし、十坪住宅建設に協力した市民らにとっては、そのような過酷な実態は知らされないままでした。

「ゆいの会」では、こうした「十坪住宅建設運動」の歴史的意味や私たち市民が果たした役割を改めて見つめ直し、愛生園に僅かに残る「十坪住宅」を、重要な歴史遺産として修復保存したいと考えています。

 先頃、厚生労働省は、国立ハンセン病療養所13園に残る歴史的建物のうち、緊急に補修が必要なものとして6つを選定し、3年間かけて毎年2つづつ補修することを発表しました。但し最終的な保存工事ではなく,あくまで緊急補修という位置づけです。しかも、各療養所の入所者らが保存を要望している歴史的建物等のごくごく一部にしか過ぎません。その選定の基準も明確ではありません。なぜ、6つ以外の歴史的建物が、補修から外れたのか? 
   歴史的にみて重要な意義を持ち、緊急に補修が必要な「十坪住宅」が、なぜ補修リストから外れたのかも分かりません。邑久光明園にも、自治会が修復保存を要請している「少年舎」などの歴史的に重要な建物がありますが、これらも補修リストからは外れました。

 ゆいの会としては、手始めとして「十坪住宅」を取り上げ、この修復保存運動を県民運動として広げていくことで、ハンセン病療養所を、わが国のハンセン病政策の誤った歴史やその中で生き抜いてきた人々の姿を伝える歴史遺産として保存しようという運動や世界遺産登録運動にもつなげていきたいと考えています。

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